注目のがん治療、陽子線治療とは?
陽子線治療は、水素の原子核である陽子を加速し、腫瘍に照射する放射線治療法の一つです。日本では約20年前から新たながん治療法として導入され、世界で40万件以上の治療実績があります。
一般的に放射線治療で使われるX線は、体表面でエネルギーが最大となり、体の奥に入るほど弱くなるのに対し、陽子線は腫瘍の位置に合わせてエネルギーのピークを作ることができます。そのため、腫瘍にピンポイントな照射が可能なことから正常組織へのダメージを減らし、副作用を低く抑えることができます。
しかし、陽子線治療を受けられる施設は全国で19か所しかなく、年間100万人を超える国内新規がん罹患者のうち、ごく一部の患者さまにしか届いていません。普及が進まない背景には、3階建てビルほどもある陽子線治療装置のサイズと、それを導入するコストの高さがあります。
「超小型化」を実現する、2つのカギ
ビードットメディカルは、この長年の課題に独自のアプローチで挑んでいます。陽子線治療を普及させるには少々小さくした程度では解決できないと考えた、ビードットメディカル代表取締役社長の古川が目指したのは、LINAC(X線治療装置)と同程度のサイズ。数割小さくするだけではなく「超小型化」を実現させるためには2つのカギとなる技術の組み合わせが必要でした。
【イメージ】
左:従来の陽子線照射装置 中央:ビードットメディカルの陽子線照射装置 右:X線治療装置
常識を超える、これまでにない装置構造
まず超小型装置を設計するにあたり、装置構造の変更は必須でした。従来、多方向からの照射を実現するために回転ガントリーという構造が採用されており、患者さまの周りを何十トンもある電磁石を360度回転させる必要があることから、装置が巨大であることは業界の常識となっています。しかし古川はこれまでの常識を打ち破り、全く新しい構造 Magnetic Gantry(マグネティックガントリー、磁気式ガントリー)を発明しました。磁場の最適化によりビームそのものを曲げ、巨大な構造体を必要とせず、任意の角度からの照射を実現します。
どのようにして、マグネティックガントリーの発想に至ったのか。「LINACサイズを目標に、これまで放医研(放射線医学総合研究所)で重粒子線治療装置を小型化してきた経験を踏まえて何パターンも設計しましたが、この路線ではダメだと悟りました。回転をなんとかしてやめる必要がある。機械を動かさずに陽子線を照射するにはどうするか、を考え続けたある日、機械を半分にして陽子線を曲げればいいという考えに至りました。」と古川は語ります。こうして、これまでにない画期的な機能を有するマグネティックガントリーのアイデアが生まれ、事業化に向けて一気に加速していきました。
更なる小型化を目指し、採用した超伝導技術
マグネティックガントリーの機能を実現するだけなら、常伝導電磁石で構成しても成り立ちます。しかし、陽子線を曲げるには強い磁場を発生させる必要があり、常伝導電磁石を採用するとどうしても装置全体が巨大になってしまいます。これでは、目指す「超小型化」は叶わない。そこで目をつけたのが、超伝導電磁石でした。
超伝導技術は近年リニアモーターカーでも注目され、MRIなど医療機器にも応用されている技術です。超伝導体で作られたコイルを、絶対0度(-273度)に近い温度まで冷却すると、超伝導現象によりコイルの電気抵抗はゼロになります。その結果、超伝導電磁石は通常の電磁石よりも強力な磁力を発生させることができます。
この最先端技術の採用を決定し、超伝導コイル製作に向けた巻き線作業が始まりました。一見地味に見えるこの巻き線作業こそが、装置のコア部分を支えています。当時の状況を、創業メンバーの一人でもある技術開発部部長の竹下はこう振り返ります。
「当時(2019年)のビードットメディカルは、元放医研の創業メンバーと、放医研時代から付き合いが深かった大手メーカー出身のベテラン技術者数名のみでした。装置設計の図面を見ながら、ああでもないこうでもないと議論を重ねた日々はとにかく楽しかった。その一方で、私たちが経験したことのない『製造』に関しては苦労続きでした。装置のコアとなる部分をどう作っていくのか、放医研時代のツテを辿ってたくさんの企業からアドバイスをいただき、自社製作ができそうだと見通しが立った時は、ほっとしました。」
紙から実物へ
2020年に入り、専用巻線機を自社に設置して技術開発部総動員でコイルの自社製作がスタート。巻き線のリーダーとして最前線で活躍していた技術開発部員に、当時の心境を聞きました。
「これまで図面や模型でしか見ていなかったものがいよいよ製造のフェーズに入り、現実のものになってきたな、というワクワク感がありました。鉄心に超伝導線材を巻いて電磁石を作っていくのですが、巻く際にはまっすぐ整列させて巻く必要があります。簡単そうに聞こえますが、これが意外と難しい。少しでも隙間が空くと通電時にコイルが動いてしまうので、最初は何度も何度も巻き直しました。これから多くのがんの患者さまを治療していく装置のコア部分を任されたことに対しては、大きなプレッシャーでもあり、これまでに感じたことのないやりがいでもありました。」
病院から求められるメーカーに
超伝導電磁石は、2021年に製作が完了しました(2021.06.25 プレスリリース)。その後大阪大学で実施した実証試験では、電磁石を-270℃まで冷却させることに成功し、無事に超伝導状態を確認(2022.05.16 プレスリリース)。超小型陽子線がん治療装置のコンセプトが実証されたのです。研究者たちの試行錯誤の末に完成した、ビードットメディカルが誇る技術力の結晶です。
このように作られた超小型陽子線がん治療装置は、大規模な施設を用意しなくても導入が可能です。ビードットメディカルは導入を検討される病院に寄り添い、患者さまに最適な治療を提供できるよう全力でサポートしてまいります。